フウシカフィールドレポート - 2021年 春

山から降りてきた清々しい風が、田んぼの上を吹き渡る5月。軽トラックで畑に着くと、森さんが野菜の発育状態を手で触りながら確かめはじめた。よく見る野菜から、あまり市場に出回らない珍しい野菜まで。2017年、山梨県の北杜市に移住し農業を学んだ森隆博(もり たかひろ)さんは、2020年に有機農家として独立し、現在は無農薬・無肥料で約100種類の野菜を栽培している。


森さんと歩きながら野菜の茎や葉をよく見ると、さまざまな虫がついている。

アオムシ、ミツバチ、テントウムシ、ニジュウヤホシ、アブラムシ


所々に穴の空いている葉を見て思わず心配になり「虫がついてしまって大丈夫なんですか」と聞くと、森さんは一向に焦る様子もなく「弱い苗は虫にやられてしまうけど、苗が強ければ大丈夫です」と教えてくれた。確かに一列に並んだ苗をよく見ると、大きくて艶のあるものと、下を向いて虫に喰われているものがあることに気づく。「すべての存在に意味があるので、なるべくそのままの状態を生かしたいと思っています。リサージェンスという現象もあります。」

 

初めて聞いたリサージェンス(resurgence)という言葉。もともとは復活、再生を意味し、農業においては、農薬散布により害虫とともに天敵も減ってしまい、害虫が再び増えてしまう現象を指す。自然の連鎖は、人間の目に見えないところで常に変化しながら絶妙なバランスを取っている。森さんは、雑草ですらその連鎖の一部だと言う。

 

「雑草の根は土を柔らかくしてくれます。全部除草してしまうと土が硬くなってしまい、根っこの周りにいる微生物が死んでしまったり土の中に蓄積されている炭素が放出されてしまうんです。耕すことにもいろんなデメリットがあるのでなるべく根は残すようにしています。」

 

そのお話を聞いて、生物学者・福岡伸一さんの著書「動的平衡」の一説を思い浮かべた。

 

「生命とは絶え間ない流れの中にある動的なものである。生命現象を、パーツ同士が絶え間ない流れの中で互いにバランスを取っている状態ととらえれば、外から操作的な作用を及ぼすとかえって全体を乱しかねない」

 

自然のバランスを極力保ちながら人間が少しだけ手を貸し、野菜本来の力を引き出す栽培方法は、体の免疫力を高める食事や東洋医学を思い起こさせる。症状のある部分だけではなく体全体を診るように、森さんは自然環境と畑全体のバランスを考えながら野菜を見守っている。

 

土を耕し、虫を追い払い、除草し、化学肥料を与えて育てる農法は地球にどんな影響を与えているのだろう?自然の連鎖を断ち切ることなく育った野菜を選ぶことは、自分の体に影響するだけではなく、地球全体のバランスにも影響しているのだろうか?北杜市の小さな畑で森さんの試みていることが、生命現象や地球全体の循環に繋がっていると思うと、無農薬・無肥料という言葉でしか捉えていなかった自然に寄り添った農法のイメージがみるみる膨らんだ。

 

オーガニックの本質や、スーパーで買う野菜の形が揃っている理由をまだはっきりと言葉にすることはできないけれど、森さんの言った「すべての存在に意味がある」という言葉のなかにたくさんの答えがあるような気がした。

written by Miho Hirano