FUUSHIKA user interview -"way to organic life"#3



navigator#3 岩井俊樹さん、都さん、縞ちゃん

・お住まい:山梨県北杜市
・利用商品:宅配野菜 市内配達

 
お盆を過ぎた八ヶ岳山麓の夕暮れは、秋の清々しい空気が入り交じる。ふんわりと穏やかな空気の中に、鮮明に澄んだ光を感じさせる二人だった。話を聞き終えた帰り道、夕焼けに染まる八ヶ岳を眺めながらそんなことを思う。一滴また一滴と注がれて落ちる雫のように、ゆっくりと静かに始まったのは、二人のこれまでとこれからに繋がる物語。

いい町には、いいコーヒー屋がある。いつかそんなお店をつくりたい。

昨年の春に長女 縞ちゃんが産まれ、程なくして東京から山梨県北杜市へと移り住んだ岩井一家。自家焙煎のコーヒーとコーヒーのための焼き菓子屋「yori」は、今はまだ店舗のない俊樹さんと都さんのブランドだ。二人は東京を中心にそれぞれコーヒーを生業としてきた。都さんは西荻窪にある小さな喫茶店のカウンターを任され、俊樹さんは先駆的なゲストハウス等を展開する「Backpackers’Japan」に入社して今年で11年。蔵前にあるゲストハウス「Nui. HOSTEL & BAR LOUNGE」でバリスタを務めた後、他の新店舗やカフェブランドの立ち上げに尽力してきた。俊樹さんがコーヒーを淹れるなら、都さんはそれに合う焼き菓子を。「yori」はいつの日か二人で開くお店の為に生まれ、イベント出店やコーヒー豆と焼き菓子の卸を中心に少しずつ育ててきた。

山々の景色と浅煎りコーヒーのある暮らし。

はじまりは、都さんの亡きお母さんの故郷、長野県木曽の風景だった。エネルギーに満ちた山塊と果てまで続くような澄んだ空の下、いつかコーヒー屋さんをしながら家族と暮らしたい。その思いは上京してがむしゃらに働いている間もずっと都さんの心に在った。俊樹さんも、都さんとこれからを描いていく中で自然とその感覚に寄り添うようになっていった。

サードウェーブと呼ばれるコーヒー業界の1つのムーブメント。それらを手掛けた先人たちのカッコよさとコーヒーの美味しさに夢中になり、わき目を振らず背中を追いかけてきた俊樹さんと都さん。一方で、飲食業界の厳しい現実を前にコーヒーを諦めてしまう人もたくさん見てきた。「そんな二人が家族と暮らしを大切に、楽しく穏やかにコーヒーを続けられる姿を示せたら、これからのコーヒーのある暮らしとそれを支える人たちの発展に繋がる気がします」と都さん。家族の時間を大切にした暮らしと二人が思い描く「yori」のカタチ。それらを合わせてみた時、地方移住は最も現実的で理想的な選択として導かれた。

背景を知ること、繋がりを愛すこと。

ボルダリングが趣味の俊樹さんは、年に数回北杜市近郊を訪れていた。美しい山々と空の色、風の匂い。そこに佇むだけで心が洗われるような感動は、住んでからも毎日のように感じている。移住先探しのために他の地域も見て回ったけれど、いつも心にあったのは北杜の景色だった。そんな折に都さんが妊娠。決断するには最後のタイミングという時、長野県川上村で「Backpackers’Japan」がキャンプ場「ist - Aokinodaira Field」を始めることが決まり、俊樹さんは迷わず手を挙げた。それまでの店舗立ち上げの経験が期待され俊樹さんの転勤は決まり、迷うことなく家族で北杜市への移住を決めた。

クライミング仲間の紹介で知り、数年前から「yori」のファンだったというフウシカオーガニックの森夫妻。岩井家とはSNSで繋がっており、北杜市に移住してきたと知った時にはすぐにメッセージを送った。その少し前、別の縁で「ist - Aokinodaira Field」のカフェでフウシカオーガニックの野菜の採用が決まり、偶然にもそこに俊樹さんが働いていたことで改めて繋がった岩井家と森家。キャンプ場での取引が始まると同時に、岩井家でも自宅用の宅配野菜を始めた。

東京にいた頃は有機野菜を販売する友人から野菜を買っていたという都さん。移住してきて新たな購入先を一から検討するより、人と人の繋がりを大事にしたいと森さんの野菜を選んだ。
「おおざっぱな性格なので愛着が大事で。これは誰々にもらったとか誰々が作ったと思えたら大切にしようと丁寧になれる。台所にある野菜から森さんの顔が浮かべば、絶対腐らせちゃダメー!と思えるんです」



フウシカオーガニックの環境に対する姿勢も、すんなりと共感できた。温暖化によりコーヒー豆の不作が続き、気候変動などの環境課題は二人にとって身近で深刻な問題。コーヒーの産地に足を運ぶのは難しくても野菜はすぐそばにある。生活に近いものはコーヒーと同じように、背景や思想も含めて大切に選びたいと、宅配を始めてまもなく家族でフウシカの畑を訪れた。

農家さんから直接野菜を購入すること、それは単純に楽しい体験だと話すのは俊樹さん。
「美味しさはもちろん体と環境に優しいことも大切だけど、買い物する楽しさと嬉しさは同じくらい大事にしたいです。同じものを買うならAmxx.onにもあるけれど、少し足を延ばして店主のこだわりが詰まったセレクトショップで買った方が嬉しいのと同じかな」

味と香り、食感がある野菜。

コーヒー屋という仕事は、背景や作り手の思想も含めて様々な“味”を表現する仕事。故に日頃から口に運ぶものには意識的でありたい。そう語る二人は日々の食卓を楽しみながら、あれこれ“味”についての会話を楽しむ。
「フウシカの野菜は食べれば食べるほど色んな味を感じられるようになるのが面白い。特に水菜は衝撃的でした。味の濃さといい歯ごたえといい、スーパーのものはもう食べられないです…」
1歳半になる縞ちゃんは、離乳食を始めてから今日まで家で食べた野菜の殆どがフウシカ野菜。今日も森さんが届けたミニトマトを何度もおかわりしながら食べている。「職場でも『この野菜は何ですか⁉』とよく驚いて聞かれます」と俊樹さん。実際に「ist - Aokinodaira Field」でフウシカオーガニックを知り、その後宅配野菜を頼んでくれた方もいるという。

芽生える場所をつくる。

二人で始まった「yori」への想いは、縞ちゃんが誕生したことで一層深まる。自分の子供だけが幸せであれば良いわけではない。平和を願う未来は、自分たちの日々の生活と隣り合っている。不思議な感覚だ。
「コーヒー屋は公と私の境界が曖昧で、お年寄りから赤ちゃんまで色んな人と価値観が集まり、自然と影響を与え合う場所です。僕らがこの仕事を続けてきてよかったことは、そんな環境のおかげで一つの価値観に縛られず、内も外も見つめられるようになったこと。そして、いつのまにか自分たちを支えてくれる繋がりが生まれていました」
俊樹さんが続ける。
「僕らが作るお店は、新しい価値観やアイデアが自然と芽生えるような場でありたい。選択肢はたくさんあることを次の世代に見せることができたらいいな。だけどそれはちょっと先の目標で、まずはしっかりお店を形にして、これまで繋がってきた人たちと集いたい。誰もが自由に立ち寄れて、新たな出会いが自ずと生まれ繋がっていくのが理想です。いい町には、いいコーヒー屋がある。僕らはいつかそんなお店をつくりたい。時間はとてもかかるけれど、やりがいのある仕事です」

話を聞きながら、岩井家が作り出す「yori」の光景を想像しては何度も心が躍った。これまで積み重ねてきた時間と想い、育まれた繋がりが一つの場に宿り、多様な力が芽生えることだろう。澄んだ光が、そこに生きるものたちに滋養を与えるように。(完)

 

取材・文・写真/ "種と風広報舎" Chiaki Nakamori